やっぱり最終的に彼には振られた。「こうなる」と思い描いた通りになるとは、よく言ったものだ。はたせるかな、彼はお断りしたいと言った。
“けっこうです”などの曖昧な表現とは一線を画する明晰な言葉遣いが、彼らしい。
人生久々に、わたしは誰かのことばだけに集中できた瞬間だった。
高校生にもなると、わたしはもう言葉の裏を探る癖がついていた。
「手伝わなくても大丈夫」と母がわたしに言った時には、手伝ってというサインだ。
担任の先生が、「誰でもいいからプリント配って」と言ったときの、“誰”とはわたしを指しているだとか。
そうするうちに、言われずとも母には手を差し伸べ、担任の先生からは阿吽でプリントを受けとり配布。
こういう期待を背負ってわたしは生きてきた。過去に寄ってきた異性も、全員がわたしに何かを期待。
特別に優しくされるのを今かと待ち望む男子たちの顔、顔。顔。可愛いような憎たらしいような……。愛憎混ざった複雑な気持ちでこっそりと彼らを見つめた。
男性って決していいもんじゃない。ところが、彼はそんなわたしをはっきりと振った。
その日は、期間限定の派遣最終日。派遣は終了するも、彼とのお付き合いは開始するのだろう。安直に思ったわたしがバカだった。
打ちひしがれ職場を後にしたその日!わたしは周囲が思うより自覚しているよりも、ずっと自分は変人なのだと知る。
家に着く頃には、わたしは彼に完全に魅せられていた。自分自身を拒否されるこの快感と恍惚。
わたしは振られた。“い・ら・な・い”とはっきり宣言され、瞬間的に過去の人となり…。深まる胸の傷。心臓が苦しい…。
くどいほどうっとり彼の言葉を繰り返し繰り返し何度も胸につぶやく。お断り、お断わり申し上げたい。
こんなことってあるだろうか。ここまでキツイ男性っていたんだ…。
男子には壊れ物みたいに機嫌をとられてきたこのわたしが…。もう呼吸するのも苦しい。お断り申し上げたい。
飽くことなくひとつの言葉を繰り返す派遣最終日の部屋。わたしは恋に落ちた。